納税告知処分後の「錯誤無効」の主張は不可
最高裁平成30年9月25日判決
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理事長に対し巨額の債務免除を行った組合が、「債務免除益は賞与であり、源泉所得税の対象になる」として納税告知処分等を受け、その適否をめぐり争っていた(倉敷青果荷受組合事件)。最高裁は「源泉税の納税告知処分が行われるのであれば債務免除を行わなかったので、債務免除は錯誤無効」とする組合側の主張に対し、「法定申告期限後でも錯誤の主張はできるが、納税告知処分が行われた後は不可」と判断、組合の上告を棄却した。
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岡山県内で青果物の荷受けを業とするX組合は、昭和56年に専務理事となったAに対し、複数回にわたり金を貸していた。Aはその金を有価証券の購入などに充てていたが、バブル崩壊のあおりを受けて、返済に窮するようになった。
Aは平成6年にX組合の理事長に就任。巨額の債務を免除するようX組合に働きかけたが、X組合は利息の免除のみにとどめ、元本の免除には応じなかった。
しかし、まったく返済の見込みが立たないまま十数年が経過したため、やむを得ずX組合は平成19年12月、残債約55億6,300万円の処理について、Aとその妻が所有する不動産を約7億2,600万円で買い取り、差額の約48億3,700万円を債務免除した。
その後、税務調査で債務免除が問題となり、平成22年7月に、税務署は「債務免除益がAに対する賞与に該当する」として、X組合に対し、納付すべき源泉所得税の税額を約18億3,500万円とする納税告知処分、及び不納付加算税約1億8,300万円の賦課決定処分を行った。
X組合はこれを不服として提訴に及んだものの、裁判は次のように紆余曲折の経過をたどった。
(1) 第一審:岡山地裁平成25年3月27日判決(納税者勝訴)
(2) 差戻前控訴審:広島高裁岡山支部平成26年1月30日判決(納税者勝訴)
(3) 第一次上告審:最高裁平成27年10月8日(原審差戻し)
(4) 差戻控訴審:広島高裁平成29年2月8日判決(納税者敗訴)
本事件での争点は、(a)本件債務免除益は賞与又は賞与の性質を有する給与等に該当するか、(b)仮に本件債務免除益が給与等に該当する場合、旧所得税基本通達36-17(資力喪失による債務弁済困難)を適用して、Aに係る給与等の源泉所得税額の計算上本件債務免除益を収入金額に算入しないものとすべきか、(c)本件債務免除につき被控訴人が錯誤無効を主張することができるか――の3点。
このうち(a)については上記(3)の第一次上告審で「給与等に該当する」と結論付けられたため、上記(4)の差戻控訴審では、(b)、(c)について以下のように判決を下した。
(b) Aが資力喪失(債務超過)の状態にあったか否かを判定する上でのAの資産状況を再評価し、債務免除を受けた後の資産超過額が給与等に当たるとして、経済的利益は約12億8,500万円、納付すべき源泉税の額は約4億8,600万円と判断。
(c) 申告納税制度の下では、納税義務の成立後に、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害し、租税法律関係を不安定にさせることからすれば、法定申告期限を徒過した後に当該法律行為の錯誤無効を立証することは許されない。
今回、最高裁は(c)に関する控訴審の判断を「是認できない」とした。
まず、源泉所得税の納税義務を成立させる支払の原因となる行為(=債務免除)が無効であり、その行為により生じた経済的成果(=債務免除益)が失われたときは、税務署長はその後に、当該支払の存在を前提として納税の告知をすることはできないものと解される、と指摘。
その上で、当該行為が錯誤により無効であることについて、一定の期間内に限り錯誤無効の主張をすることができる旨を定める法令の規定はなく、また、法定納期限の経過により源泉所得税の納税義務が確定するものでもない。したがって、給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分について、法定納期限が経過したという一事をもって、当該行為の錯誤無効を主張してその適否を争うことが許されないとする理由はないというべきと、原審の誤りを正した。
しかしながら、X組合は納税告知処分が行われた時点までに無効であることを主張しておらず、争訟になって初めて主張したことから、Xの主張をもってしては、上記(b)の原審の判断が違法ということはできないと判断。結論において原審の判断を是認することができるとして、X組合の上告を棄却した。