遺留分逃れを目的とした信託契約は無効
東京地裁平成30年9月12日判決
---------------------------------------------------------
被相続人が所有していたすべての不動産を信託の目的財産とし、次男が受益権の6分の4を取得。6分の1の受益権しか残されなかった長男は、この信託契約が「公序良俗に反している」と異を唱えた。6分の1は長男の遺留分割合に等しいが、東京地裁は「経済的利益が発生しない不動産まで含めて信託の目的財産とすることは、遺留分制度を潜脱するもので公序良俗に反する」として、信託契約の一部を無効と認めた。
---------------------------------------------------------
被相続人甲は、平成27年1月25日、激しい腰痛のため緊急入院したところ、末期の胃がんであることが発覚。余命数日と医師から伝えられた。
甲の妻乙は平成15年に既に他界しており、相続人は長男のX、次男のY、そして次女のZの3人だった。乙亡き後の甲の世話はすべてYとZが行っており、Xは長男にもかかわらず何もしなかったため、甲はYを後継ぎとして財産の管理や祭祀の承継をさせることとした。
2月5日、甲は司法書士からの提案を受けて、財産の民事信託契約を締結。その契約の内容は、以下のとおりであった。
(1) 委託者を甲、受託者(財産の管理・運用者)をYとする。
(2) 甲が所有するすべての不動産を目的財産とする。
(3) 受益者はX、Y、Zで受益権割合はX6分の1、Y6分の4、Z6分の1。受益者が死亡した場合は、Yの子が受益権を取得する(いわゆる後継ぎ遺贈型受益者連続信託)。
(4) 受益者の意思決定は、Zが行うものとする。
なお、上記(2)の目的財産となる不動産の内訳は、
(a) 甲の自宅土地建物(隣接する貸駐車場含む。時価約3億5,200万円)、
(b) 賃貸物件(時価約1億2,300万円)、
(c) 他者に無償で貸し付けられている土地及び山林(ほぼ無価値)
となっている。
甲は信託契約締結からわずか13日後の2月18日に他界。
Xは、この信託契約が公序良俗に反しているなどとして、信託登記の抹消等を求めて提訴した。
主要な争点は、本件信託における甲の意思能力の有無と公序良俗に反するか否か等。
甲の意思能力の有無に関してXは、当時甲は法律行為の意味内容を理解する能力を欠く常況にあったと主張。これに対しYは、入院時の看護記録や診療記録等には「意識良好」と記載されていたことや、公証人の面前で信託契約についての宣誓供述書等に氏名を自署し、公証人もこれを認証していることから、意思能力はあったと反論した。
また、本件信託は公序良俗に反するかについてXは、本件信託は信託法の法意・精神に反して信託制度を濫用し、Xが潜在的に有していた遺留分の減殺請求を不当に免れ、もって遺留分制度を中心とする現行相続法秩序を破壊するものであり、無効であると主張。
さらに、Xに形式的に6分の1の受益権が与えられているものの、Yには信託不動産の無償使用権が与えられ、利益発生の保証はなく、受益権の取得請求をしても固定資産税評価額による買取りに限定されていることや、受益者の意思表示はZが単独で行うことができるとされていることから、原告は意思表示もできないこととなっているとして、本件信託は原告を差別し排除することを意図した遺留分逃れのための信託契約だと訴えた。
これに対しYは、本件信託契約は甲の生存中に効力が発生し、甲の死亡によりXに6分の1が帰属したものであるから、民法の遺留分制度を破壊するような不平等な状態を招来するものではないと反論した。
東京地裁は、まず甲の意思能力については、本件信託を行うまで意識障害が生じるなどして意思能力を欠く状態になったことをうかがわせる事情は見当たらないとして、Xの主張を斥けた。
次に、本件信託が公序良俗に反するか否かについては、目的財産が甲所有のすべての不動産となっていることに注目。
上記(a)については、隣接駐車場の賃料収入は不動産全体の価値に見合わないものであり、(c)に関しては売却あるいは賃貸して収益を上げることが現実に不可能な物件であるとした。
よって(a)、(c)の各不動産から得られる経済的利益を分配することは信託契約当時より想定していなかったものと認められるし、Xがその受益権割合に相応する経済的利益を得ることは不可能であると指摘した。
その上で、甲が(a)、(c)を本件信託の目的財産に含めたのは、外形上、Xに対して遺留分割合に相当する割合の受益権を与えることにより、これらの不動産に対する遺留分減殺請求を回避する目的であったと解さざるを得ず、この部分に関しては公序良俗に反して無効であると判断。(a)、(c)部分の信託登記の抹消登記手続を命じる判決を下した。