相続放棄の起算点は承継の事実を知った時と判断
最高裁令和元年8月9日判決
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伯父が背負っていた借金の返済請求が、伯父の死後に甥に回ってきた。しかし甥自身は請求をされるまで、自分が伯父の相続をした事実を知らず、ましてや亡父(伯父の弟)も生前に相続放棄などの手続きを行っていない。寝耳に水の甥はあわてて相続放棄の手続きをしたが、3か月の熟慮期間は過ぎてしまっていたため、債権者から異議を受けた。高裁は甥の主張を認めたが、最高裁は、甥の主張を認めた結論は覆さなかったものの、高裁判断には民法の解釈に誤りがあるとの判断を下した。
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みずほ銀行は、食肉の衛生検査等を営むM社の連帯保証人であったAほか4名に対し、貸付金3億2,000万円の支払を求める訴訟を提起し、平成24年6月に認容判決が確定した。ところが、同月にAは死亡。弟のBを除く9名の相続人及び代襲相続人は、相続放棄の申述を行い、受理された。
しかし、同年10月にBも死亡してしまった。Bは生前、自分がAの相続人になっていることを知らなかった上、Aからの相続について相続放棄の申述をしていなかった。
みずほ銀行から債権の譲渡を受けたY社は、平成27年11月、Bの子であるXに対し、本件債権に係る請求権について、32分の1の額の範囲で強制執行することができる旨の承継執行分の付与を受け、Xに送達した。
Xは平成28年2月、相続放棄の申述をしたものの、Y社側から異議の訴えを受けて裁判となった。
本事件の争点は、民法916条に規定する「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」に、その者の相続人が相続放棄をするための熟慮期間(通常は3か月。民法915条1項)の起算点はいつからとなるのか。
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(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第915条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。(以下略)
第916条 相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。
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大阪高裁(平成30年6月15日判決)は、民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、Bが「自分はAの相続人である」ということを知っていたが、相続の承認又は放棄をしないで死亡した場合を前提にしていると解すべきであり、BがAの相続人となったことを知らずに死亡した本件に同条は適用されないと判示。Xによる相続放棄は、熟慮期間内にされたもので、有効であるとした。
これに対して最高裁は、以下のような理由で高裁の判断は違法なものと断じた(Xの相続放棄が熟慮期間内にされたという結論は有効)。
(1) 相続人は、自己が被相続人の相続人となったことを知らなければ、相続の承認又は放棄のいずれかを選択することはできないのであるから、民法915条1項本文が熟慮期間の起算点として定める「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、原則として相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った時をいうものと解される。
(2) 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者(B)の相続人(X)が、その死亡した者(B)からの相続により、その死亡した者(B)が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。
(3) 以上によれば、Xは平成27年11月の本件送達により相続人としての地位を自己が承継した事実を知ったというのであるから、Aからの相続に係るXの熟慮期間は、本件送達の時から起算される。