他国での滞在日数や職務内容から「非居住者」と判断
東京地裁令和元年5月30日判決
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世界を股にかけて仕事をしていた社長が、自らを「非居住者」という前提で所得税の申告を行わず、また会社側も「非居住者」を前提として源泉徴収していたところ、「居住者に該当する」として税務署から否認を受けた。世界中を飛び回っていたとはいえ、妻ら生計一親族は日本の居宅に居住していたことや、大半の資産が日本に所在していたことなどが税務否認の理由となったが、東京地裁は国側の主張のすべてを斥け、「非居住者に該当する」として課税処分を取り消した。
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ラジエーターの製造販売等を業とするA社及びB社の代表取締役Xは、インドネシア、米国、シンガポール、中国に所在する海外子会社の経営管理のため、年の相当日数を国外で過ごしていた。
例えば、平成21年は米国97日、日本93日、シンガポール82日、平成22年は日本105日、米国87日、シンガポール70日、平成23年は米国104日、日本83日、シンガポール80日、平成24年は日本128日、米国75日、シンガポール68日といった状況だ。このためXは、自らが「非居住者」に該当するとの認識の下、平成21年分から平成24年分について、いずれも確定申告をしなかった。また、A社及びB社においても、Xに支払った役員報酬について、「非居住者」に該当するとの前提で所得税20%を源泉徴収していたが、平成25年~26年にかけて行われた税務調査によりXは「居住者」と認定され、X及びA社、B社に対し課税処分が行われた。
Xらはこれを不服として裁判に訴えた。
主要な争点である「Xが各年において居住者に該当するか」について、国側は次のような理由から、Xの生活の本拠たる「住所」が日本にあったと主張した。
(1) Xは日本、米国、シンガポールにそれぞれ居宅があったものの、住民登録の状況や滞在日数を比較すれば日本に住居があったと認められ、グループ法人の中心であるA社の本店が日本に所在することからすると、職業への従事状況という点でも日本国内に最も密接な関連を有していたと認められる。
(2) Xと生計を一にする配偶者等の居所は日本である。
(3) Xの預貯金残高は、日本に約2億円、米国に約440万円、シンガポールに約1,700万円所在しており、日本に最も多くの資産を保有している。
これに対しXらは、以下のように反論した。
(1) Xの日本での滞在日数は、最も多い平成24年でさえ1年の3分の1程度にすぎず、平成21年~23年においては4分の1程度でしかない。米国、シンガポールと比較しても、わずかに上回る程度である。また、Xの職業への従事状況は、生活の本拠が日本にあったことの根拠とはなり得ず、むしろシンガポールにあったことの根拠となる客観的事実である。
(2) Xの妻らが日本の居宅に居住していたことは、Xの生活の本拠が日本にあったことの根拠とはなり得ない。
(3) Xは日本、米国、シンガポールに生活に必要かつ十分な資産を有しているとしても、このことがXの生活の本拠が日本にあったことの根拠とはなり得ない。
東京地裁は、以下のように判示してXは居住者に該当するとは認められないとし、課税処分はいずれも違法であるとして取り消した。
(1) Xの日本国内の滞在日数とシンガポールの滞在日数を比較すると、いずれの年についても日本の滞在日数が上回っていたが、その差は平成21年11日、平成22年35日、平成23年3日、平成24年60日であり、大きな差があるとはいえない。また、Xは各海外法人の営業活動や工場の管理等の業務のため、年間66~75%程度の期間は諸外国に滞在して業務を行っていたと認められ、年間の約4割の日数においてシンガポール又は同国を起点として渡航したインドネシアや中国その他の国に滞在していたことになるから、Xの職業活動は、シンガポールを本拠として行われていたと評価することができる。
(2) 生計を一にする妻らが国内に居住していたことは、Xの生活の本拠が日本にあったことを積極的に基礎付けるものとはいえない。
(3) Xはシンガポールでも1,700万円以上の預貯金を有しており、当面生活するために十分な額の資産を有していたものといえる。また、日本の預貯金等の資産をシンガポールに移転していないことは、家族を残して海外に赴任する者の行動として不自然とはいえないことからすると、このことをもって生活の本拠が日本にあったことを積極的に基礎付けるものとはいえない。