医療法人のM&Aをめぐる税務トラブルで納税者勝訴
大阪地裁平成31年4月11日判決
---------------------------------------------------------
医療法人を展開する一族が他の医療法人グループをM&Aにより買収し、その後他グループに売却した取引で、出資持分の譲受けと払戻金受領の主体となったのは、医療法人の経営者一族か、グループ内のMS法人かが争われた。納税者は法人が主体として確定申告を行ったものの、課税庁は個人が主体として否認。大阪地裁は、法人を主体としたことに何ら不自然な点はないと判断し、課税処分を取り消した。
---------------------------------------------------------
医療法人Xの創業者Aの子息であるX1(次男・医師)、X2(長男)、X3(三男)は、XグループのX病院、X学校法人、X社会福祉法人からなるXグループの経営に当たっていたが、かねてより過大な負債を抱えていたため、医療専門のコンサルティングを行うB社のCの指導の下、事業再生に取り組んでいた。
一方、同じく甲病院をはじめとする医療法人を運営する甲グループは、経営者である甲一族と当時院長であったDとの間で支配権をめぐる紛争が生じ、甲一族は医療法人経営からの撤退を模索していた。そんな中で甲一族もCのクライアントとなり、医療法人甲の出資持分の譲渡をCに相談した。
相談を受けたCは、医療法人甲の譲受けをAに持ち掛けた。Aはこれを承諾したものの、事業再生中であるXグループでは甲の出資持分の譲受資金を準備できず、金融機関からの借入れもできないため、Cは、メディカル・サービス法人(MS法人)のX社を設立し、X社が金融機関から融資を受けて甲を譲り受けるというスキームを策定し、実行に移した。
平成19年9月、X社を設立し、X1らと甲一族は医療法人甲の支配権等をX1らに現状有姿で引き継ぎ、医療法人甲の出資持分を18億4,800万円(額面3,000万円)で譲り受けた。この際、出資持分の譲渡先がX1らとなることやその譲渡代金はX社名義の口座から支払われることを定めた覚書が取り交わされた。
その直後、Xグループの学校法人において使途不明金に関する報道がされたことにより、取引先の銀行から融資を受けられなくなり、資金繰りが悪化したため、グループ全体として再生を図ることになった。
平成20年6月頃、B社はAに対し甲病院の売却を打診したところ、Aは了承。同年9月にX1らは、医療法人乙を経営する乙一族に旧甲グループの支配権を現状有姿にて引き継ぎ、乙がX社に対し払戻請求権に基づき29億1,000万円(額面3,000万円)の払戻しを行う旨合意した。
この一連の取引について、X1らは終始取引の主体をX社として、X1ら及びX社の確定申告をしていたが、所轄税務署長(複数)は平成25年7月、「本件払戻金はX1らに帰属するにもかかわらず、これをX社に帰属するかのように仮装し、本件払戻金に係る所得を秘匿した」、つまり、法人を主体とすることで本件払戻金のうち出資金3,000万円を超える部分(みなし配当部分)が益金不算入とされることを利用した仮装行為だと指摘し、更正処分等を行った。X1らはこれを不服として提訴した。
裁判で課税庁側は、(1)本件譲受取引における契約書、覚書等の一連の文書にはX1らを譲受人とする旨が記載されていること、(2)X1ら及び甲グループの認識も譲受人はX1らであること、(3)医療法人甲がX1らを出資持分を有する社員として扱っており、退社に際しても本件払戻請求権を行使していること、(4)X社には事業実体がないことなどから、X1らが本件出資持分を譲り受け、払込済出資額を有する社員となったのであり、本件払戻しを受けたとみるべきと主張した。
これに対しX1らは、(1)医療法人甲の出資持分はX社が借り入れた資金からその代金を支払っており、また本件払戻金はX社の借入金の返済、B社に対する仲介手数料の支払等に充てていること、(2)譲受取引に関する一連の文書上にもX社が譲受人となる旨記載されていること、(3)X1らが譲受人として記載されていることも確かだが、この時点で甲一族と院長Dの確執が表面化しており、医療法人甲の理事会において無名の新設会社であるX社に譲渡するなどと説明した場合、円滑な事業の承継を阻害するおそれがあったこと、(4)X1らは本件取引の譲受人がX社であることを認識していたこと、(5)本件払戻請求権を行使したのはX社であることなどから、本件取引の主体はX社であり、本件払戻金に係る所得はX社に帰属すると反論した。
大阪地裁は、本件譲受取引は基本的にX社を譲受人とする譲受スキームに沿って実行されたものといえ、甲一族との書類等一部の書類上の譲受人の名義はX1らとされているものの、これは院長Dとの関係で甲病院の経営権の譲渡を円滑に行うために特別の事情があったものと評価すべきであり、本件譲受取引の譲渡人の認定に当たって、そのような記載を重視することは、本件スキームの内容その他の諸事情から認められる本件譲受取引の実態に合わないものであって相当ではないと指摘。
また、本件譲受取引において必要な資金はX社がすべて出捐しており、譲渡代金の決済はX社名義の口座から甲一族の口座へ直接送金され、本件払戻金もX社名義の口座に送金されている。さらに本件出資持分の譲渡によって得た経済的利益はすべてX社に帰属しており、X1らが何らかの出捐をしたとか、経済的利益を受けたといった事実は一切認められないとした。
これらの諸事情を総合的に考慮すれば、本件譲受取引においてX1らは単なる名義人にすぎず、本件出資持分を譲り受けたのはX社であり、X社に帰属すると認めるのが相当と判断。X1らの請求はいずれも理由があるとして認容した。