虚偽の住民登録は所得隠匿工作と認定
大阪地裁令和2年9月14日判決
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インターネットサイトで商品を販売し収益を得ていたものの、4年間にわたりまったく申告せず、計約3,200万円の所得税を免れたとして告発された者に対し、検察官は居住実態がない住所に住民登録したことなどから、所得隠匿工作を行ったと主張した。大阪地裁は、虚偽の住民登録は所得税の賦課徴収を困難ならしめる偽計その他の工作を行ったものといえると判断。被告人に有罪判決を言い渡した。
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被告人Xはインターネットの通販サイトにおいて音響機器を販売する等の事業を営んでいたが、自己の所得を免れようと企て、平成26年~29年分の4年分の確定申告書を提出せず、所得税額合計約3,189万円を脱税した。
検察官は、Xの次のような行為が所得隠匿工作に該当すると主張。
(1) Xは平成22年頃から京都市、平成24年頃から大阪市A区、平成26年頃から大阪市B区に居住する一方、平成26年1月に京都府舞鶴市その他に住民登録をし、平成26年9月に税務署が税務調査の事前通知を行った直後に、実家である兵庫県三田市に住民登録をするなどした。
(2) 販売する商品の仕入れを他人名義で行っていたほか、妻、実父、実母及び義母の名義でそれぞれC銀行に口座を開設し、仕入代金の送金などを行っていた。
(3) 音響機器の販売に当たり、11個の「Yahoo! ID」を用いてヤフーオークションで出品を行っていた。
(4) 平成27年~29年に3回にわたり、三田市役所に所得・課税証明書の発行を求めた際、所得金額の合計額が0円で、貯金を取り崩して生活している旨内容虚偽の記載をした市・県民税申告書を提出した。
これに対し大阪地裁は、以下のとおり判示した。
(1) 税務署はその管轄区域内に住所を有する納税者を対象として所得税の賦課徴収に当たるため、居住実態のない住所に虚偽の住民登録を行うと納税者の存在自体を把握できず、税の賦課徴収が困難となる。Xはこのことを当然に認識しており、所得税のほ脱の意図をもって虚偽の住民登録をしたものと優に認められ、このことは所得隠匿工作に当たる。
(2) 仕入代金の送金にX以外の名義の口座を使えば、Xの事業における仕入れの実態、ひいては事業規模等の把握が困難になるため、この行為は客観的には税の賦課徴収を困難ならしめる行為ということができる。しかし、仕入代金のみを隠匿することは、所得が実態よりも多いかのような外観につながり得るもので、所得を隠匿する方法としてはやや迂遠である。借名口座の利用に送金上の便宜とは性質の異なる、所得隠匿工作の側面があることまでも認識していたと認めるのは、なお合理的疑いが残るといわざるを得ず、この行為は所得隠匿工作に当たるとは認められない。
(3) Xが偽名アカウントを取得し、同アカウントから商品を出品したことは、所得税の賦課徴収を困難ならしめる行為といえる。しかし、実際には登録名義と入金口座の名義人の情報が一致している「Dアカウント」からの出品が全体の約9割を占めており、偽名アカウントの売上金もX名義の銀行口座に入金されていたことが認められる。出品アカウントをより分散したり、入金口座を借名口座等の別の名義人にしたりする方がより効果的だが、そのような行為は行っておらず、売上金を秘匿する意図のもとに偽名アカウントを取得、出品したかについては疑問の余地がある。よって、これは所得隠匿工作には当たらない。
(4) 市に対して所得がない旨虚偽申告することは、市と税務署との間で本来提供されるべき情報が提供されなかったりするなどして、税務当局による所得の把握を困難にするものである。しかし、市・県民税を含む住民税は、前年の所得金額を課税標準とするものであり、既に所得税の法定納期限を過ぎている前年分の所得のみを秘匿する工作としての意味合いを有するにすぎない。よって、この行為は当該年分の所得に係る所得秘匿工作に当たるということはできない。
このように、(1)のみが所得秘匿工作に当たると判断したが、住民登録の状況やこれによる調査の遅延等に鑑みると、(1)の行為のみをもって所得隠匿工作に当たると認めるに十分であると断じ、Xに対し懲役1年(執行猶予4年)、罰金800万円の刑を言い渡した。