税理士のコンサルティングに不法行為ありと判断
東京地裁令和2年7月30日判決
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顧問税理士が行った一連の相続・事業承継に係るコンサル業務が「詐取」に該当するとして、顧問先から損害賠償請求訴訟が提起された。東京地裁は、コンサル業務のうち株価引下げ業務の報酬は贈与税軽減効果の4%程度と、社会的相当性を逸脱するほどではないとして妥当としたが、欠損金の繰戻還付、事業承継税制、一般社団法人の活用等に関する業務の報酬は詐取が認められるとした上、株式交換による組織再編に関する業務に至っては「暴利行為」と断じ、計約1億900万円の損害賠償責任を認めた。
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金型製造業を営むX社は、「痛くない注射針」の共同開発者であり、月額5,000万円前後の売上げを得ていた。経営者は創業社長のAを筆頭に、Aの妻B、Aの長女C及びCの夫Dが取締役であった(最終的にAの遺言によりX社を承継したのは次女のE)。
X社の顧問税理士Yは、会計事務所のほかに企業経営に関するコンサルティング業務を目的とするZ社を併設。X社はYに記帳代行や決算処理、税務書類作成や申告業務を依頼していたが、主に以下に掲げるX社の事業承継・相続対策に関するコンサルティング業務をZ社が請け負うようになった。
(1) X社の株価引下げ・生前贈与業務……Aが役員を退任し、退職慰労金6億3,000万円を支給。その後、株価が下がったところで長女Cに対し全株を贈与(報酬約1,800万円)
(2) 欠損金の繰戻還付業務……上記(1)の退職慰労金の支払いにより欠損金が発生したため、法人税の繰戻還付を実行(報酬約1,200万円)
(3) 株式交換による組織再編業務……F社を新設した上で、Cとの間で株式交換を実行(報酬約1,400万円)
(4) 納税猶予支援業務……上記(1)により株式の贈与を受けたCに贈与税が発生するところ、事業承継税制の活用により納税猶予を実行(報酬約800万円)。※ただし、後に納税猶予は中止、贈与税と利子税を支払う。
(5) 一般社団法人の活用支援業務……一般社団法人Gを設立し、F社からX社株式を取得、X社の所有不動産をG社団に譲渡した上、リースバックを受けることなどを実行(報酬約3,500万円)
(6) 地方税の繰戻還付業務……X社の平成26年4月期、平成27年4月期に納付した地方税の繰戻還付を実行(報酬約500万円)
X社は平成28年4月、Y及びZ社に対しすべての契約を解除する旨の意思表示をし、その後、Z社による上記コンサル業務は詐欺であったとして、計約2億4,700万円の損害賠償を求めて提訴した。
裁判でX社は、下記のように主張した。
上記(1)業務について……退職慰労金の支給により株価を下げることはごく一般的な方法であるのに、極めて特殊であり、高度な業務であるなどとだまして契約を締結したことから、報酬を詐取したものである。
上記(2)業務について……欠損金の繰戻還付請求書1枚を添付するだけのごく簡便な作業にすぎず、税理士の能力等で還付の成否等が左右されるものではないのに、確定させるには専門的な業務を要するかのように装ったことから報酬を詐取したものである。
上記(3)業務について……この業務の目的は株価の再上昇を防止することとしていたが、Cに課される贈与税につき納税猶予ではなく相続時精算課税を選択すれば相続税額には影響がないので、組織再編業務を行う必要はなかった。しかも上記(1)の株価引下げ業務と重複していることに加えて、X社は既に「痛くない注射針」の製造機械を他社に移し、製造量を減らしていたから、株価の再上昇は止まることが確実であった。このように無意味な組織再編で生じる見込みのない税効果により報酬を得たことは暴利行為であり、公序良俗に反し無効である。
上記(4)業務について……株式の贈与後、X社は上記(2)の法人税の繰戻還付により現預金が増加したため資産保有会社に該当したにもかかわらず、Yはこの取消事由を見落として納税猶予の利用を提案し、その後取りやめざるを得なくなった。これはZ社の善管注意義務違反であり、損害賠償義務を負う。
上記(5)業務について……Yはこの対策により約5億7,000万円もの相続税軽減効果が生じるとしたが、その算定根拠は不明であり、実際にそのような税効果が生じる見込みもないので、報酬相当額は詐取したものである。
上記(6)業務について……そもそも地方税の欠損金繰戻還付制度は存在せず、これを行う余地はなかったにもかかわらず、Yは確定申告書に意図的な誤記をしてX社に納付の必要がない地方税をあえて納付させた上、欠損金の繰戻還付をしたかのように装い、報酬名目で詐取をした。
東京地裁は、Y及びZ社が行った相続・事業承継対策その他の業務と受領した報酬が詐取等に該当するかについて、以下のとおり判示した。
(1) X社の株価引下げ・生前贈与業務……Aに対する役員退職慰労金の支払いとCへのX社株式の贈与によって、実際に株価は実行前から7分の1以下に下落して相当の贈与税軽減効果が発生した。Z社が受領した報酬は高額であるが、税効果の4%相当という算定根拠は、社会的相当性を逸脱するほどではない。よって当該業務については報酬を詐取したと認めることはできない。
(2) 欠損金の繰戻還付業務……欠損金の繰戻還付制度は、1枚の請求書に必要事項を記載し提出するのみで複雑な作業は不要であり、税理士の能力や創意工夫に左右されない。税理士は通常の顧問報酬とは別個に還付請求支援の報酬を請求しないのが一般的であり、請求するとしても作業量に照らして不相当に高額な報酬は望めない。本件については通常報酬と重複して請求している上不相当に高額であり、不当性・不合理性が著しいというべきで、報酬を詐取したものと認められる。
(3) 株式交換による組織再編業務……当該業務の主要な目的はCの死亡後の相続税軽減であったが、この時点でCはまだ54歳で、数年内に相続税の軽減を図る必要に迫られているわけではなかった。また、この時点では株式交換を実行するための条件整備として、Cへの株式贈与やX社への代表取締役就任すら実現していなかった。加えて、当該業務は下記(5)の一般社団法人の活用支援業務の準備段階にすぎないにもかかわらず、2つの業務ごとに別個の契約を締結し、それぞれ高額の報酬を受領している。これらの事情から、当該業務はこの時点で実行する必要性がなく、税効果も不確かで、意味合いの乏しいものであったといえることから、暴利行為があったと認められる。
(4) 納税猶予支援業務……X社が資産保有型会社に該当していたにもかかわらず、Yがこれを見落としたことは重大な過失があったというべきである。Yが当初からこのことを認識していたのであれば、納税猶予の申告はおよそ無駄なことであり、あえて申告した上で報酬を取得しつつ、継続要件を検討していたことを再確認する旨の同意書を取り付けるというのは極めて不自然な経緯といわざるを得ない。よって、Y及びZ社はX社に対し損害賠償義務を負う。
(5) 一般社団法人の活用支援業務……そもそも本スキームのうち実行されたのはG社団の設立のみであり、その後の業務はAの反対により実行されていない。Y及びZ社は中止の責任を負うものではない旨主張するが、この時点でAはX社の役員でも株主でもなく、Z社はたとえAの反対があっても契約に基づき業務を実行する義務があった。よってY及びZ社はX社に対し損害賠償義務を負う。
(6) 地方税の繰戻還付業務……X社の平成26年4月期、平成27年4月期の地方税として、それぞれ約3,400万円、約1,300万円を納付しているが、これはYが確定申告書の法人地方税の税額欄に「0」と記載すべきところ、あえて納付金額を記入して提出したためである。Yはこれを単純な誤記であったにすぎず意図的なものではないと主張するが、客観的な事実経過に反する詭弁であり、極めて不審で信用し難い。当該業務の報酬はX社をだまして詐取したと認めることができる。